母となった私が産後クライシス期にただただ欲しかった唯一のもの
ママボヘミアンです。
育児でストレスを感じ、叫びたくなるほど疲れたりした経験を振り返ります。
はじめての育児
特に生まれてからの一年、それは私にとって果てしなく長く、つらい日々だったように思います。待ちに待ったはずのかわいい我子との生活。なぜこんなにも自分はストレスを感じるのか。ずっと考えていました。
子どもが泣くからでしょうか?睡眠がとれないからでしょうか?わからないことだらけで不安だからでしょうか?
全て、あてはまると思います。だけれどもそれは仕方のないこと。そう心の中で割り切れている部分もありました。
私にとっての一番のストレス。
それは環境が変わっても変わらない「夫の存在」。その姿を目の当たりにする生活、そして何よりも、夫に育児の苦労をわかってもらえないことでした。
産後クライシス期の到来
夫とは付き合って八年で入籍、その二年後に妊娠、こどもを出産しました。公言するのがはばかられるお恥ずかしい話ですが、出産するまでの私は
「子供が生まれても夫が一番」
そう心の底から思っていました。
なので出産でこれほどまで変わる自分の心境にも戸惑い、どうにかしなければと焦りすら感じました。
本当に些細なことが気に障ったのです。
やっと寝かしつけたと思った途端に家のドアが開き、夫の足音でこどもが泣いて起きる。
休日も変わらず朝早く起きてこどもの相手をする私の横で、
いつまでもいびきをかいて寝ている。起きたかと思えばスマホをいじりゲーム。
そんな姿を見るたびに、ふと頭によぎる「産後クライシス」の文字。変わってしまった私と変わらない夫とのギャップ。
母親は産後、それまで自分の時間軸で動いていた生活が一変、こどもの時間軸に合わせた生活に変わります。誰しもがそうですね。それだけならまだ、受け入れられます。
でも、その横で変わらずに自分の時間軸で生活している夫がいる。自分がしたくてもできないことを、目の前の夫はしている。同じ子供の、同じ親であるはずなのに。
夫?父親?
夫の気持ちはわかります。
なぜなら産前の私はきっと、夫と同じ考えでした。子育てなんて誰もがしていること。外で働くことに比べたら苦労なんて知れている。
だけど実際に経験してみて、産後の私は夫の通勤時間すらうらやましかった。勤務時間の隙間に行われているであろう、たあいない世間話すらずるいと思いました。育児の孤独・社会からの疎外感・命を任される責任・濃密で単調な日々。それらに想像が全く及ばなかったのです。
「同じチームで仕事をしているのに、自分が徹夜で働いている横で働かず、ネットサーフィンに興じている同僚を見てどんな気分になるか」
産後の私は、まさにそういう気分だったのです。専業主婦なんて毎日が休みのようなものじゃないか。男性の中にはそう思っている人もいるかもしれません。
断じて、違います。
仕事へ行かなくていいわけではないのです。家庭が職場そのものになるのです。特にこどもが幼いうちは、一日として休みの日がないのです。
妻の希望と夫の努力
思うことがあれば腹に貯めておくことはできない性分です。嫌だと思えばその都度指摘しました。
指摘、などという聞こえのいいものではありませんね。はじめから喧嘩腰で、文句をぶつけました。産後の私は性格が悪くなった。そう自覚しても止まらないほど、心に余裕がありませんでした。
そんな私の状況を目の当たりにして、休日の夫はとても協力的になりました。食器洗い・洗濯物・風呂掃除・トイレ掃除・・・食事以外のほとんどの家事を、自主的に手伝ってくれるようになりました。
気分転換させようと、外食に連れ出してくれ、家族で温泉を提案してくれ、今思い返しても、とてもいい夫だったと思います。それなのに、夫に対して変わらないイラつき。
してほしいことが、根本的に違ったのです。
家事をしてほしいわけじゃない。こどもに気を遣いながらする、非日常的な娯楽もいらない。気持ちをなごませてくれるための冗談も、素直に笑えない。
私はただ、夫に育児に参加してほしいのだと。もっとこどものことを、考えてほしいのだと。
私が欲しかったもの
「数時間、育児を全面的に任せます。私に一人になる時間をください。」
この答えにたどり着くまでに、一年かかりました。
自分が本当に何をしてほしいか、自分でもなにがこんなにストレスなのか、思いつく原因が多すぎて、見えていなかったのだと思います。
そして初めて夫にこどもを預け、自分の時間を持てたとき、たった二、三時間でしたが、それまでの自分が嘘のように心の霧が晴れました。一秒でも早くこどもから離れ、自分の時間をと求めていた私が帰り道、こどもに早く会いたいと思っていました。
産後クライシスから抜け出せたのは、間違いなく私のストレスを受け止めてくれた夫のおかげです。文句を言いながら、喧嘩を繰り返しながらも、暴君宜しく鬼嫁に変貌した私とちゃんと向き合ってくれた夫のおかげです。こどもが一歳を過ぎ、二歳になり、少しずつ環境に慣れ、成長に喜びを感じ、今の私はやっと、夫の仕事の大変さに思いを馳せられるようになりました。
だけどあの時は無理だった。どうしても、無理だった。
もっと早い段階でこうしていればよかったと、あとになって思います。
世の中のお父さん、毎日のお仕事大変でしょう。だけど、母親も大変なのです。まずはそこを認めてください。できれば声に出して、認めてください。
そして数時間でいい。母親にも休息をください。そうすればきっと、乗り越えられると思うのです。
写真クレジット
photo credit: The Virgin Suicides via photopin (license)
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(著:ママボヘミアン)
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